Cryogenic Liquid Propulsion (極低温液体推進)

 近年、ロケットによる地上から宇宙(地球周辺の軌道)への打上げだけでなく、地球周辺から月・惑星への移動手段、すなわち軌道間輸送機が求められています。日本の基幹ロケットH2Aは、温度が-253℃の液体水素、-183℃の液体酸素を推進剤として採用しています。これら極低温液体推進剤を利用したロケットエンジンは高性能(高比推力)ですが、タンク内の推進剤は太陽熱などによって容易に蒸発し、失われてしまうことが弱点です。従来のロケットでは、打上げから人工衛星を分離するまで30分足らずでした。一方、月への移動には数日~数週間を要します。つまり、高性能の極低温推進剤を宇宙で長期間にわたり利用可能とする技術が求められています。

極低温推進剤を利用した軌道間輸送機

さらに、極低温推進剤は、月・惑星の表面において、水やレゴリス(月の石)などから製造可能であり、In-situ Resource Utilization(ISRU:資源の現地調達)と呼ばれ注目されています。これは、今後の有人宇宙探査において非常に重要な特徴です。軌道間輸送機やISRUが実現できれば、地球周辺から月周辺の駅(ゲートウェイ)を経由し、月面、さらには火星等へ至る、いわば宇宙の道路網を整備することができます。軌道上で輸送機を係留して推進剤を補給する、宇宙のガソリンスタンドのような施設も登場するかもしれません。これらの技術は、地上で進められている水素社会の実現にも貢献します。

月面の水の電気分解プラントと液体水素・液体酸素貯蔵設備

 当研究室では、上記構想の実現に貢献する極低温推進剤を軸とした研究を、JAXA、NASA等と協力しながら、特に熱流体力学的な立場から進めています。以下に例を示します。

極低温電気推進システム

 通常、蒸発した極低温推進剤は外部に放出され失われてしまいます。この蒸発した水素ガス等を利用した電気推進の研究を進めています。比推力が高く(=燃費に優れ)、少ない推進剤流量しか必要としない電気推進の特徴にマッチします。電気推進は推力が小さいため、機体の姿勢制御・軌道保持などへの応用がまず考えられます。主エンジンとして採用した場合は、数か月から年単位の長い輸送期間を要しますが、燃費のよさを生かした大量物資輸送が実現できます。
 極低温電気推進システムの候補として、水素を推進剤として利用できる電熱加速型 (レジストジェット、直流アークジェット)および電磁加速型(MPDアークジェットなど)が挙げられます。現在は、タングステンをはじめとする耐熱金属の積層造形技術(3Dプリンタ)を活用した多層電熱ヒータを持つ新しいスラスタの研究に取り組んでおり、水素での作動やヒータ温度2000K以上の達成に成功しています。

水素を推進剤とする電気推進(上:多層ヒータを持つ電熱スラスタ、下:直流アークジェット)
2000Kで作動中の多層電熱スラスタ(ノズルの奥でタングステンヒータが赤熱している)と作動後のタングステンヒータ

関連論文

  • Alexander Hillstrom and Kiyoshi Kinefuchi, “Optimization of Additively Manufactured Multi-wall Electrothermal Thruster,” 34th International Symposium on Space Technology and Science (ISTS), Kurume, June 2023.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Nakata, Giulio Coral, Suyalatu, Hitoshi Sakai, Ryudo Tsukizaki and Kazutaka Nishiyama, “Additive-manufactured Single-piece Thin Multi-layer Tungsten Heater for an Electrothermal Thruster,” Review of Scientific Instruments, 92, 114501, 2021.
  • Giulio Coral, Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Nakata, Ryudo Tsukizaki, Kazutaka Nishiyama, Hitoshi Kuninaka, “Design and Testing of Additively Manufactured High-Efficiency Resistojet on Hydrogen Propellant,” Acta Astronautica, Vol. 181, pp. 14-27, 2021.
  • Daisuke Nakata, Kiyoshi Kinefuchi, Suyalatu, Hitoshi Sakai, “Thermal Design and Experimental Verification of a 3D-Printed Resistojet,” Journal of Propulsion and Power, 2021.
  • 杵淵紀世志,Coral Giulio,中田大将,蘇亜拉図,酒井仁史,月崎竜童,丸祐介,小林弘明,西山和孝,「多層タングステンヒータを持つ電熱スラスタの高温ガス噴射試験」,宇宙輸送シンポジウム,相模原,2021年1月.
  • 杵淵紀世志,「電熱ヒータ,噴射装置及び宇宙機」,特開2018-116803,2018年7月26日.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Koichi Okita, Hitoshi Kuninaka, Daisuke Nakata, Tomoya Suzuki and Hirokazu Tahara, “Preliminary Study of High Power Hydrogen Electric Propulsion for the Space Exploration,” AIAA-2014-3507.
  • Masahiro Kinoshita, Daisuke Nakata, Kiyoshi Kinefuchi and Hitoshi Kuninaka, “Application of the Hollow Cathode to DC Arcjet,” IEPC-2013-243, 33rd International Electric Propulsion Conference, Washington DC, October 2013. Awarded as the Best Paper, Session ET1.

極低温推進剤の有効利用

 水素は定圧比熱が高く冷媒としても優れています。この特性を生かしたVapor Cooled Shield(蒸気を利用した徐熱)やThermodynamic Vent System(ジュール・トムソン効果による冷熱源の活用)と呼ばれる技術により、宇宙空間で液体水素の蒸発量を減らしたり、液体の温度を-253℃からさらに冷やしたりすることができます。ロケットへの応用のみならず、月面に存在する水から製造した液体水素・液体酸素の長期貯蔵に関する研究をJAXAと共同で進めています。 宇宙空間での推進剤の補給により、これまで目的地へ一方通行の使い捨てであった宇宙輸送機が、往復可能な再使用の軌道間輸送機へと発展します。

月面での極低温推進剤の貯蔵
ジュールトムソン効果を利用した極低温液体の過冷却装置

 微小重量下では、液体の流れが地上とは異なるため、この把握も重要です。下図は微小重力下と地上で-196℃の液体窒素の流れを可視化したものです。微小重力下では地上と異なり、大小の気泡が散在しており、この理解により推進剤の一層の節約が可能となります。

上:微小重力下での-196℃の液体窒素の挙動(JAXA観測ロケットS-310による微小重力実験)
下:地上で下方向に重力が印可された状態での同等試験

関連論文

  • Yuya Banno and Kiyoshi Kinefuchi, “Onboard Cryogenic Liquid Propellant Subcooler Based on Thermodynamic Vent for Upper Stage Propulsion System,” Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 61, No. 4, pp. 919-929, 2024. https://doi.org/10.2514/1.A35888
  • Toshiya Fukuzaki, Kiyoshi Kinefuchi, Yutaka Umemura, Koichi Okita and Hitoshi Sakai, “Comparison of Vapor Cooling Characteristics of a Triply Periodic Minimal Surface and Other Channel Geometries,” Mechanical Engineering Journal, Vol. 10 Issue 3, pp. 23-00015, 2023.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Takeshi Miyakita, Yutaka Umemura, Jun Nakajima and Masaru Koga, “Cooling System Optimization of Cryogenic Propellant Storage on Lunar Surface,“ Cryogenics, Vol. 124, 103494, 2022.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Hideto Kawashima, Daizo Sugimori, Yutaka Umemura. Koichi Okita, Hiroaki Kobayashi and Takehiro Himeno, “Experimental Analysis of Thermal Behavior in Cryogenic Propellant Tank with Different Pressurants,“ Cryogenics, Vol. 112, 103196, 2020.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Hideto Kawashima, Daizo Sugimori, Koichi Okita and Hiroaki Kobayashi, “Cryogenic Propellant Recirculation for Orbital Propulsion Systems,” Cryogenics, Vol. 105, 102996, 2020.
  • Kiyoshi Kinefuchi, Wataru Sarae, Yutaka Umemura, Hiroaki Kobayashi, Satoshi Nonaka, Takeshi Fujita, Koichi Okita, Takehiro Himemo and Tetsuya Sato, “Investigation of Cryogenic Chill-down in a Complex Channel under Low-gravity using a Sounding Rocket,” Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 56, No. 1, 2019, pp. 91-103.

極低温流体の熱流動シミュレーション

 極低温推進剤タンク内の熱流動は、蒸発・凝縮、対流に加え、タンク壁(金属)を伝った熱伝導も強く影響し、非常に複雑です。しかも、宇宙での無重力下と地上では自然対流を始め現象が大きく異なります。相変化も考慮したシミュレーション技術を活用してこれらの現象の理解を進めています。下図に示すシミュレーション結果からは、タンク壁の加熱により壁面付近に自然対流による上昇流が誘起され、液面付近に高温層が形成されていることがわかります。ロケットエンジンは高温となった液体推進剤は利用できないため、現象の把握や高温層の削減が重要となってきます。

タンク内液体窒素のシミュレーション:速度ベクトルと温度分布

関連論文

  • Kiyoshi Kinefuchi and Yutaka Umemura, “Numerical Study of Effect of Pressurant Gas Species on Thermal Behavior in Cryogenic Tank,” Journal of Spacecraft and Rockets, 59(4), pp. 1262-1275, 2022.
  • Justin Pesich, Yutaka Umemura, Kiyoshi Kinefuchi, Takehiro Himeno, Daniel Hauser and Mohammad Kassemi, “CFD Modeling of Cryogenic Chilldown in a Complex Channel under Normal and Low Gravity Conditions,” AIAA-2020-3818.
  • Olga Kartuzova, Yutaka Umemura, Kiyoshi Kinefuchi, Wesley Johnson, Takehiro Himeno, Daniel Hauser and Mohammad Kassemi, “CFD Modeling of Phase Change and Pressure Drop during Violent Sloshing of Cryogenic Fluid in a Small-Scale Tank,” AIAA-2020-3794.

新たな極低温液体ロケットエンジンの研究

 極低温液体推進系の高比推力の長所をより強調するために、液体ロケットエンジンをベースとした新たなエンジンサイクルの研究を進めています。
 JAXAでは、地上から低軌道へのより効率的な輸送を実現する再使用宇宙輸送システムの研究開発を進めています。液体水素・液体酸素ロケットエンジンと、大気中の空気を利用する空気吸込み(エアブリージング)エンジンを複合した新しいエンジンを搭載予定で、「ATRIUMエンジン」と名付けられました。当研究室はATRIUMエンジンのガス発生器や超音速インテーク(空気吸込み口)の研究を進めながら、JAXA能代ロケット実験場で行われている燃焼試験やJAXA相模原キャンパスでの超音速風洞試験にも参加しています。
 さらに、宇宙空間を自在に行き来する軌道間輸送システムの実現に向けたロケットエンジンサイクルの検討を進めています。これには、極低温推進剤の有効利用に加えて、着火回数に制限がない新たなロケットエンジンが必要です。極低温の液体ロケットエンジンは、着火に際して、予冷、NPSHの確保(キャビテーションの防止)等の運用が必要で、これらの効率化により、多数回着火が可能なエンジンを実現します。現在はシミュレーションによるサイクル解析を中心に行っています。

JAXAと共同研究を進めている再使用ロケット(左)と燃焼中のATRIUMエンジン(右)

関連論文

  • 近藤奨一郎,杵淵紀世志,リチャードソンマシュー,坂本勇樹,小林弘明,「効率的多数回着火を実現する極低温液体ロケットエンジンとサイクル解析」日本航空宇宙学会論文集,70(4),pp. 110-118,2022年.
  • Hiroaki Kobayashi, Yusuke Maru, Matthew P. Richardson, Kiyoshi Kinefuchi and Tetsuya Sato, “Conceptual Design Study of a VTVL Airbreather Powered by the ATR Engine,” Journal of Spacecraft and Rockets, 58(5), 1279-1292, 2021.