ナノ秒パルス放電プラズマによる衝撃波制御
超音速旅客機や宇宙と地上を往来するスペースプレーンの開発が活発化しています。超音速で飛翔する機体への衝撃波に伴う過大な空気抵抗や、これを補償する大推力が要求されるスクラムジェット等の空気吸込みエンジンが実現への技術課題です。機体周囲やエンジン空気取込口に生じる衝撃波に伴う境界層の剥離(Shock Wave-Boundary Layer Interaction: SWBLI)は、空気抵抗のみならず熱負荷の増加やエンジン不始動を引き起こします。流体機器における普遍的課題である流れの剥離の抑制は、超音速機に向けた突破口となるだけでなく、スピンオフにより広く産業に貢献することできます。
当研究室では、プラズマを利用したSWBLIの抑制に取り組んでいます。ナノ秒オーダの非常に短時間のパルス放電により、プラズマからブラスト波が発生し、渦が誘起されます。この渦を利用して、勢いを失った境界層内の剥離領域に、高速の主流から運動量を輸送します。これにより剥離を抑制することができます。現在、剥離抑制を強化するため、放電電極の形状・配置や、境界層厚さの影響をPIV法やBOS法等の手法を利用して調査しています。
近年、脱炭素へ向けた液体水素を利用した宇宙航空機の研究開発が盛んに行われています。超音速インテークの壁面を燃料として搭載される極低温(20K)の液体水素で冷却することによるSWBLIの抑制にも取り組んでいます。下の図は液体水素の代替として液体窒素(77K)を用いてマッハ2.6の超音速インテークの壁面を冷却し、SWBLIの様子を無冷却時と比較したものです。シュリーレン法により得た平均画像から、冷却によりSWBLIが縮小している様子が確認できます。また標準偏差画像から、温度境界層が薄くなり乱流成分が低減していることがわかります。境界層温度の低下は、擾乱を伝える亜音速域の縮小を意味し、擾乱が伝わりにくくなったことでSWBLIが縮小したと考えられます。
SWBLI抑制の物理過程の分析や効果の促進には、冷却壁面温度の計測が必要となりますが、一般的な熱電対を壁面に貼り付けての計測は超音速流中では極めて困難です。そこで感温塗料(Temperature Sensitive Paint: TSP)を用いた液体窒素冷却壁面の非接触温度分布計測に取り組んでいます。下図のように光源に青色LEDを用いると、感温塗料を塗った低温の風洞上部壁面は白紫色の蛍光を発します。この塗料は低温ほど蛍光が強くなるため、蛍光を分析することで温度分布を非接触で求めることができます。
関連論文
- Tomohiro Matsunaga, Masaaki Iwamoto, Yuma Miki and Kiyoshi Kinefuchi, “Characterization of Heated Volume Generation by Nanosecond Pulsed Plasma Actuator with Various Pressure Environments,” Journal of Physics D: Applied Physics, Vol. 57, 375203, 2024. https://doi.org/10.1088/1361-6463/ad5699
- Masaaki Iwamoto, Yuma Miki and Kiyoshi Kinefuchi, “Background-oriented Schlieren and Laser Rayleigh Scattering Complementary Method for Accurate Density Field Visualization,” Experiments in Fluids, Vol. 65, No. 87, 2024. https://doi.org/10.1007/s00348-024-03772-6
- 安藤嶺央,三木佑真,江上泰広,杵淵紀世志,「極低温壁面冷却による衝撃波/境界層干渉剥離の抑制とTSPによる壁温計測」,第21回日本流体力学会中部支部講演会,名古屋,2023年12月.優秀講演賞受賞
- 三木佑真,安藤嶺央,岩本賢明,杵淵紀世志,「超音速インテークの衝撃波/境界層干渉に伴う剥離の緩和を目指した極低温壁面冷却」,流体力学会中部支部講演会,福井,2022年12月.優秀講演賞受賞
- Kiyoshi Kinefuchi, Andrey Y. Starikovskiy and Richard B. Miles, “Numerical Investigation of Nanosecond Pulsed Plasma Actuators for Control of Shock-wave/Boundary-layer Separation,” Physics of Fluids, Vol. 30, Issue 10, 106105, Oct 2018. Selected as Featured Article and AIP Scilight.
- Kiyoshi Kinefuchi, Andrey Y. Starikovskiy and Richard B. Miles, “Control of Shock-wave/Boundary-layer Interaction Using Nanosecond Pulsed Plasma Actuators,” Journal of Propulsion and Power, Vol. 34, No. 4, 2018, pp. 909-919.
流体による高速飛翔体の熱防護
将来の再使用スペースプレーン等の極超音速飛翔体の実現に向けては、従来の鈍頭形状に対し、先端が鋭利で空力特性に優れたスレンダー形状の実現が求められます。この際問題となるのが機体表面の厳しい空力加熱です。この対策として、再使用性も踏まえた流体を利用した新たな冷却方法の研究を進めています。
関連論文
- 近藤奨一郎,別府玲緒,杵淵紀世志,梅村悠,小林弘明,「極低温マイクロジェット/トランスピレーションによる熱防護の最適設計」,第66回宇宙科学技術連合講演会,熊本,2022年11月.
- Kiyoshi Kinefuchi, Jun Tamba and Ikuhiko Saito, “Thermal Performance and Flow Visualization of a Planar Heat Pipe Leading Edge,” Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 56, No. 3, 2019, pp. 771-779.
プラズマによる通信障害:噴煙損失とブラックアウト
ロケットエンジンが噴射する高温の炎の内部にはプラズマが存在しています。このプラズマは電波を跳ね返すため、実際に日本、海外双方にてロケット飛翔中に通信途絶が発生した事例があるロケット運用における重要な課題です。この現象は特に固体ロケットで顕著であることから、日本では噴煙損失と呼ばれています。当研究室ではこれまでこの理論的背景を世界に先駆けて整理すると共に、定量的に電波減衰を予測できる流体・電波連成シミュレーション手法を開発し、イプシロンロケットをはじめとした実際のロケット開発に貢献しています。
現在、JAXAとONERA(フランス航空宇宙研究所)との共同研究により、広範な飛行条件下、特に高高度で空気が希薄となる条件下でも利用できる新たな解析手法の開発を進めています。
再突入機や極超音速飛翔体では、衝撃波背後の高温領域で空力が電離しプラズマが発生します。このプラズマはやはり通信障害を引き起こし、ブラックアウトと呼ばれています。スペースシャトルでは約10分間、月探査宇宙船オリオンでは2回のブラックアウトが発生すると報告されており、宇宙機の安全性を確保する上での重要課題です。
極超音速飛翔体では、揚抗比等の空力性能の向上や熱防護に加え、ブラックアウトの抑制・対策が重要となります。ブラックアウト抑制と空力性能の向上を意図し、従来の鈍頭形状に対し、先端が鋭利なスレンダー形状のシミュレーションを進めています。下図はマッハ24の飛翔体についての流体・電波の連成シミュレーション結果です.左図の温度分布から、衝撃波背後に高温領域が確認できます。これにより空気プラズマが発生します。右図の電界分布では、機体上部表面に搭載されたアンテナからの電波が、プラズマ層の存在により図の左右方向には伝播できないこと、上方向には減衰しながらも伝播している様子が確認できます。本シミュレーションを拡張、より高精度化し、将来の極超音速飛翔体の設計指針を整理していきます。
関連論文
- Virgile CHARTON, Julien LABAUNE, Kiyoshi KINEFUCHI, “Investigation on the Hybrid NS-DSMC Simulation of a Nozzle Flow Ionization in a Rarefied Atmosphere using a Post-computation Approach,” Journal of Evolving Space Activities, Vol. 2, No. 153, 2024. https://doi.org/10.57350/jesa.153
- Virgile Charton and Kiyoshi Kinefuchi, “Contribution of a Hybrid NS-DSMC Methodology for Rarefied Jet Flow Simulations,” Asian Joint Conference on Propulsion and Power, Kanazawa, March 2023.
- 杵淵紀世志,山口敬之,南海音子,沖田耕一,安部隆士,「イプシロンロケット噴煙損失の事前予測解析とフライト結果」,宇宙輸送シンポジウム,相模原,2020年1月.
- Kiyoshi Kinefuchi, Hiroyuki Yamaguchi, Mineko Minami, Koichi Okita and Takashi Abe, “In-flight S-band Telemetry Attenuation by Ionized Solid Rocket Motor Plumes,” Acta Astronautica, Vol. 165, pp. 373-381, 2019.
- Kiyoshi Kinefuchi, Koichi Okita, Ikkoh Funaki and Takashi Abe, “Prediction of In-flight Radio Frequency Attenuation by a Rocket Plume,” Journal of Spacecraft and Rockets, Vol. 52, No. 2, 2015, pp. 340-349.
- 森本貴大,杵淵紀世志,「極超音速飛翔体の通信ブラックアウトにおける機体形状の影響」,宇宙航行の力学シンポジウム,相模原,2022年12月.