大電流ホローカソード
近年、従来の化学推進(ヒドラジン推進系)を一切搭載せず、電気推進のみを搭載した「全電化衛星」が注目されています。日本でもJAXAを中心に全電化衛星試験機「技術試験衛星9号機(ETS-9)」の開発が進んでいます。ETS-9には国産の6kW級の大型ホールスラスタが搭載される予定です。
当研究グループでは、JAXAとの協力の下、ホールスラスタの心臓部とも言われるホローカソード(電子源:着火、プラズマ生成、中和を担うコンポーネント)に関する研究を進めています。20A級の実機大の大電流ホローカソードの単体での作動試験を通し、その安定性、寿命に影響する劣化のメカニズムなどを、プラズマ的見地に加え、材料力学的な視点からも各種分析装置を駆使して取り組むことで、大型ホールスラスタの実利用に向けて貢献しています。
関連論文
- Atsuya Suzuki, Shinatora Cho, Hiroki Watanabe, Kiyoshi Kinefuchi, “Plume Mode Instability Enhanced by Emitter Surface Poisoning in Hollow Cathode,” Journal of Applied Physics, 135(10), 103301, 2024. https://doi.org/10.1063/5.0188080
- Atsuya Suzuki, Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Ichihara, Shinatora Cho, Hiroki Watanabe and Kenichi Kubota, “Energetic Ion and Plasma Oscillation Measurements during Plume Mode Operation of a Hollow Cathode,” Physics of Plasmas, 30(7), 2023. doi: 10.1063/5.0139089
- Atsuya Suzuki, Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Ichihara, Shinatora Cho and Hiroki Watanabe, “Plume Mode Transition Caused by Surface Contamination of a LaB6 Hollow Cathode,” IEPC-2022-121, 38th International Electric Propulsion Conference, Boston, June 2022.
- Kiyoshi Kinefuchi, Shinatora Cho, Ryudo Tsukizaki, Ikkoh Funaki, Tsutomu Fukatsu, Yuya Hirano, Yosuke Tashiro and Taizo Shiiki, “Keeper Ignition Characteristic of a Hollow Cathode Center-mounted on a Hall Thruster,” Journal of Propulsion and Power, Vol. 37, No. 2, 2021, pp. 223-230.
関連リンク(外部のサイトにリンクしています)
技術試験衛星9号機 https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/project/ets-9/index.html
日本発、長寿命ホールスラスタ https://www.satnavi.jaxa.jp/files/project/ETS-9/interview/ETS-9_interview-02.html
ドライアイス推進系
宇宙開発の一層の発展に向け人工衛星の低コスト化が求められています。現在キセノン(Xe)がホールスラスタ、イオンエンジン等の静電加速型の電気推進の推進剤として多く用いられています。Xeは比重が高いことに加え、低い電離コスト、無毒等のメリットがありますが、高価であることに加え、9MPa程度の高圧で充てんする必要があるため、タンクが肉厚となり質量大となる欠点もあります。このため安価で低圧貯蔵可能な推進剤が求められています。
そこで当研究グループでは、ドライアイス(固体CO2)を推進剤とした推進システムを提案しています。ドライアイスを用いる理由として、比重はXeと同等ですが、価格がXeに比べ圧倒的に安いこと、宇宙探査において火星大気から精製可能であること、有人探査において人間の呼気を推進剤として利用できる可能性等が挙げられます。ドライアイスを資源と捉え、宇宙空間で排出することは地球環境保全、カーボンリサイクルに僅かながらも貢献できる可能性もあると考えられます。
さらにドライアイスを三重点(気体、液体、固体の三相共存状態)で用いることにより,Xeの9MPaに比べ0.52MPaの低圧貯蔵が可能となります。加えて、三重点が維持されている間、タンク内の圧力、温度は一定に維持されるため、圧力レギュレータ等の複雑かつ高価な装置が不要となり一層の簡素化、低コスト化が実現できます。
これまで、世界初のドライアイス三重点での定圧・定流量供給の実証、およびこれを利用したホールスラスタの運転に成功しています。現在はドライアイスの軌道上での貯蔵・利用に関する研究やホールスラスタの一層の性能向上に向けた研究をJAXAと連携して進めています。
関連論文
- 野坂俊介,杵淵紀世志,張科寅,渡邊裕樹「ドライアイス・ホールスラスタのシステム実証とタンク内三相分布解析」,第67回宇宙科学技術連合講演会,富山,2023年10月.優秀発表賞受賞
- Tatsuro Maki, Kiyoshi Kinefuchi, Shinatora Cho and Hiroki Watanabe, “Dry Ice Propellant for Electric Propulsion with Triple Point Storage,” Acta Astronautica 202, pp. 283-291, 2022.
- 眞木達朗,杵淵紀世志,張科寅,渡邊裕樹 「ドライアイスを推進剤とした電気推進システムの提案と供給実験」,宇宙輸送シンポジウム,相模原,2021年1月.非化学推進部門 優秀学生賞受賞
超伝導プラズマ推進
電気推進において、プラズマに作用する電磁力(推力)は磁束密度に比例します。従って、強磁場の印加は推進機の性能向上に有効です。磁場の生成に超伝導コイルを利用することで、低電力と強磁場印加を両立できます。本研究室では、高温超伝導コイルによる1T級の強磁場のプラズマ推進機への印加による推進性能向上を目指した研究を進めています。
超伝導を達成するにはコイルを極低温に冷却する必要があります。極低温冷凍機で高温超伝導コイルを冷却し、高温のプラズマと極低温の共存を達成することで、下の写真のようにXeを推進剤とし、0.8Tの強磁場下での推進機の作動に成功しました。発散型の磁力線に沿ったプラズマの発光と、強力な磁力線に束縛された陰極からのビームが中心軸上に観察されています。強磁場印加により、従来の倍以上の推力効率を達成しました。本研究はVictoria University of Wellingtonとの共同研究です。
一方、20Kの液体水素等の極低温の推進剤を、推進剤としてのみならず超伝導コイル冷却の冷媒として利用することも考えられ、このようなスラスタの実現に向けた研究も進めています。下の写真は従来水冷していた常伝導コイルを、77Kの液体窒素にて冷却し、0.5Tにて推進剤として900sccmの大流量Arを使用して作動中のMPDスラスタです。中心付近から高密度プラズマの噴射が確認でき、この特性は推進機の小型・軽量化に貢献します。今後は高温超伝導コイルの採用により一層の強磁場、大流量作動を達成するとともに、水素での運転を目指します。
関連論文
- Chris R. Acheson, Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Ichihara, Daiki Maeshima, Ryoyu Mori, Ryota Nakano, Ryohei Takagi, Konstantinos Bouloukakis, Jakub Glowacki, Max Goddard-Winchester, Nicholas J. Long, Jamal R. Olatunji, Betina Pavri, Randy Pollock, Cameron Shellard, Nick M. Strickland and Stuart C. Wimbush, “Operation of a Plasma Thruster Featuring a 1.1 T High Temperature Superconducting Magnet,” Journal of Electric Propulsion, 3(17), 2024. https://doi.org/10.1007/s44205-024-00080-3
- 毛利諒祐,杵淵紀世志,市原大輔,中野僚太,前島大輝,高木涼平,Chris Acheson,Jakub Glowacki,Max Goddard-Winchester,Shellard Cameron,Pollock Randy,「高温超伝導コイルを用いたプラズマ推進機の強磁場印加作動特性」宇宙輸送シンポジウム,相模原,2024年1月.優秀学生賞受賞
- Kiyoshi Kinefuchi, Stuart Wimbush, Daisuke Ichihara, Chris Acheson, Ryota Nakano, Daiki Maeshima, Ryohei Takagi, Ryoyu Mori, Jamal Olatunji, Max Goddard-Winchester, Randy Pollock, Nick Strickland, Jakub Glowacki and Betina Pavri, “Performance Evaluation of a Plasma Thruster Using a High-Temperature Superconducting Magnet,”
Transactions JSASS, Aerospace Technology Japan, 22(AJCPP-2023), aj1-aj6, 2024. https://doi.org/10.2322/tastj.22.aj1 - Chris Acheson, Jakub Glowacki, Ryota Nakano, Daiki Maeshima, Dominik Saile, Betina Pavri, Ryoyu Mori, Ryohei Takagi, Randy Pollock, Jamal R. Olatunji, Max Goddard-Winchester, Nick Strickland, Daisuke Ichihara, Stuart C. Wimbush and Kiyoshi Kinefuchi, “Operational Demonstration and Experimental Characterisation of a Central Cathode Electrostatic Thruster Equipped with a High Temperature Superconducting Magnet,” Journal of Electric Propulsion, Vol. 2, No. 26, 2023. https://doi.org/10.1007/s44205-023-00060-z
- Jamal R. Olatunji, Nicholas M. Strickland, Max Goddard-Winchester, Kiyoshi Kinefuchi, Daisuke Ichihara, Nicholas J. Long and Stuart C. Wimbush, “Modelling of a 1 T High-Temperature Superconducting Applied Field Module for a Magnetoplasma-dynamic Thruster,” IEEE Region 10 Conference (TENCON), Auckland, New Zealand, December 2021.
長寿命アークジェットスラスタ
近年需要が増加している小型衛星向けに、100W級の低電力アークジェットの長寿命化に向けた研究を進めています。アークジェットはカソードとノズルを兼ねたアノード間でアーク放電を生成し、推進剤を加熱、ノズルにより加速して高速噴射するものです。他の電気推進と比べ、比推力は低いですが、シンプル、低コストと言った長所を持ち合わせています。また、カソードの損耗により長寿命化が難しいとも言われています。そこで長寿命化を狙いカソードにはLaB6ホローカソードを採用し、さらにアノード(ノズル)には3Dプリンタ技術により独自の機構を付加することで高性能化を目指しています。
関連論文
- Takuma Takahashi and Kiyoshi Kinefuchi, “Low Power Arcjet Thruster Using LaB6 Hollow Cathode,” Acta Astronautica, Vol. 206, pp. 89-99, 2023. doi: 10.1016/j.actaastro.2023.02.015
- 高橋巧磨,杵淵紀世志,蘇亜拉図,酒井仁史,佐宗章弘「アークジェットスラスタへのLaB6ホローカソード適用とタングステン積層造形によるアノード形状探索」,第65回宇宙科学技術連合講演会,オンライン,2021年11月.
極低温電気推進システム
極低温液体推進剤の電気推進への適用を目指しています。詳細はこちら。